2014年11月30日日曜日

父の様子を見に行きがてら


私は父の心身のバランスを調整するために

アロマセラピーやフラワーエッセンスといったものを
活用しているので
せっかくなら病院も
そういうホリスティックな診察にも明るいところが良いのではないか?と思い
父にたずねてみたことがある。


ホリスティックについては

こちらをご参照




なぜか?



父が忘れっぽくなって
病院へ診察へ行き
アルツハイマー型認知症が始まっているようだ、

という診断がくだされ

父はいわば
「病人」として人から扱われ
自分自身もそんな意識で生きている


私は時々しか会うことのなかった父の言動の端々に


「こんな簡単なことも忘れているよ」

ということを父が口走るたびに
どうも自虐的な気分を感じずにはいられない。


そして

気がめいるのではないか、という思いや
病気とは、つまりその人の「気=エネルギー」が混乱したり停滞したりする状態である
と考えているので
よくある「いわば医療」的な


アルツハイマーっぽいから
それようのお薬飲んで
進行遅らせましょうか


ということだけの処置に
納得いかない、というか
腑に落ちきらない部分があった

なので
認知症という症状や病名だけで診断するのではなく

ココロや精神も含めた全体として見なして
より最善を尽くせる場所が良いのではないかと思っていたのです


ホリスティックでは著名な帯津先生の病院がいいのでは?

なんて思っていたものの
調べる前に
なぜか
北海道にある、と思い込んでいて(なんでだろう???)
しかし実際は関東にあって
父が現在居住する場所からは非常に行きやすいことがわかったので
今の病院にも通いついでに
そこにも診察行ってみたら、ということで
紹介状を書いてもらえば?と打診しに父のところへ。


ちょうど今週は
父の診察もあるので
ついでに紹介状を書いてもらうよう薦めて来た。


それを忘れないように
紙に書いてもらったのだが

現在の父の状態としては


「紹介状を書いてもらう」

というところが
「紹」と「介」がセットになってしまっていた(笑)

あと
「先生」という字が
すぐに思い出せないでいた。



一瞬
そんなに忘れるもの!?


という思いもわいたけれど
考えてみたら
最近ずっとPC使っていて
私だって簡単な漢字も出て来なかったり
左右を間違えたりもするくらいなので
ちょっとのことくらいで
わーわーと

「病気だ!」

という感覚になるのは
今後一切
やめようと思う。


病気だと思うと

治そう

とか思ってしまうけれど

もしも
それが病気ではない、としたら

なにかの対応が変わるような気がする


うまくまだ言葉にできないけれど
変わる気がする



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